手の届く場所/眠りネズミ<ピアス=ヴィリエ>2008-10-21 Tue 14:23
嵐とは突然に、そう本当に突然に当然のようにありふれて
訪れるものだ。 「ここに住まわせて。僕達、家出してきたんだ。」 そういったのは俺も良く知る帽子屋屋敷の住人で、トゥイードル=ディー。 双子の片割れ。 少しだけやさしそうに見える青い目で俺を見下ろした。 「え?ええ?!」 間抜けだとは思うけど俺は本当に驚いたんだ。 拒絶する言葉も浮かばないくらいに。 そもそも俺だって帽子屋屋敷から家出してきたんだ。 彼がそういう選択をしたって別におかしかない。 でも彼はひとりで、いつも隣にいる兄弟の代わりに アリスを連れていた。 「・・・片割れは?」 「置いてきたよ。もういらないから。」 「いらない?」 「そう。いらないんだ。」 恐ろしいピンクの猫といつだって帽子屋屋敷の双子は俺を虐めていたくせに。 いつも一緒に居たくせに。あんなに大事にしてたのに。 「どうして。どうして、いらないの?」 ただ聞いてみたかったんだ。大事なものを手放す瞬間って どんなだろうと思って。 俺はお金が大事。チーズが大事。あれもこれもどれも 無かったら俺が困るかもしれないから。 アリスも居なかったら困るかもしれないから。 この手に持てるものを手放そうなんて考えたこともない。 アリスを待たせてディーだけが俺の側にやってくる。 だけどいつものように斧を持たない手は 凶器を振りかざさないディーの手は子供相応に小さくて なんだか頼りなく見えて怖くない。 アリスに聞こえない程の囁き声でディーがいった。 「あのね。お前になんかいいたかないけど・・・まあいいか。 僕も変わらなきゃね。 実はいらない理由なんてないんだよ。だけど、気づいちゃったんだ。 兄弟はアリスを愛してる。僕も、アリスを愛してる。 お前はどうかしらないけど、帽子屋屋敷の誰もがアリスを特別だって思ってるんだ。 僕は大事なものを何個も持てるほど器用じゃないんだよ。 誰にも渡したくないし、見せたくもない。 本当はお前にだって嫌なんだ。 けれど僕はもうこの手を汚したくない。 手を汚すのは元々お前の仕事じゃないか。 だからお前のとこにきたんだ。」 「そうかもしれないけど、なにも家出なんて。」 本当のことを皆に言って手を引いてもらうというのは 無理なんだと思う。 俺がディーの立場でもそんなことしない。 きっと同じことをする。 でも手を汚さないなんてありえない。 この手で始末しなきゃ安心なんて出来ないじゃないか。 どうせ撃ち合うならどこに居たって同じだ。 屋敷を出る必要なんてないのに。 「どうして手を汚したくないの?君達、よくそういうゲームしてたじゃない?」 「そうだね。」 「ディー?」 俺は不安になった。なんだろう?この頼りなさ。 そういえばこういうときいつでも会話に入り込んできそうなアリスも 心配そうにただこっちを見てる。 「お前は馬鹿だな。僕達の世界のようなこと、 アリスの世界では普通じゃなかったんだ。 始めの頃を思い出したんだよ。 僕達兄弟は僕達のゲームを「刺激が強すぎるって」アリスには 見せなかったんだ。 それなのにいつしか屋敷の皆も僕達もアリスの前で平気で斧を振るう様になった。 アリスも慣れて僕達のゲームを見ても小さく溜息つくくらいになったんだ。 でもさ。アリスの目だけはいつまでも哀しそうに揺れるんだ。 屋敷の皆を大事だって思ってくれるのと同じくらいに 城の連中やお前のこともアリスにとっては大事なんだ。」 「俺も?」 「そう、お前も。だから僕のこの手でアリスの目を哀しくさせるのは もう嫌なんだよ。」 それを俺に押し付けるんだね。 俺はそれを口にしない代わりにこういった。 「アリスもおいでよ。珈琲でもいれるからね。好きなだけここに居たらいいよ。」 ディーが消えそうな声で俺に「ありがとう。」といった。 別に礼なんていらないんだ。 どうせそんなに長くは続かないよ。 アリスが消えてそれを捜さない連中なんてこの世界にはいない。 僕は帽子屋に雇われている掃除屋だ。 いつか標的になるかもしれない相手なら懐に入れておいた方が手際がいい。 今のディーはちっとも怖くないしアリスも側にいるから 俺はうれしい。 だから簡単に引き受けたけどやっぱり俺は馬鹿なんだってそのうち思うのかな。 それでも俺はやっぱり 大事かもしれないものは手の届くところに置いておきたいんだよ。 それが大事なものだったときに泣かないように。 |
コメント |
コメントの投稿 |
|
|
|
| ホーム |
|








